グリゴリー・ソコロフについてピアニストの私が語ってみる②演奏の魅力編

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2017年に初めてソコロフをコンセルトヘボウで聴いた時から私は一瞬にして虜になったのだが、あの今にもカルト宗教を始められるくらいの強烈な魅力は、私自身がピアノを弾くからこそより強く感じるのかもしれない。彼の演奏がいかに天才的であるかは、日々何時間も練習しているのに凡才の域を出られない人間からするとひたすら神々しいのである。
因みに同じ年の同じ演奏会を聴いていた私の音楽院の先輩(モスクワ音大出、満場一致の首席でうちの音楽院に入学した実力者で卒試も満点)は「全然好きじゃない!!」と終演後にご立腹だった。他の友人(ゲルギエフと共演してるくらいの腕前)も好きになれない、と言っていたし、ピアニストが全員ソコロフ教を信仰するわけではないことはここに一応書いておく。ソコロフシリーズ第二回目は、彼の演奏の魅力について、21年間ピアノを真面目に勉強してきてここオランダでも演奏会を時々している現役ピアニストの私の視点で語ってみようと思う。


ソコロフの音

ソコロフの音はまるで水晶のようである。バロック時代の作品で歌手がビブラートをせずに音を紡いでいく、正にあの感じだ。不純物が全く含まれていない。速く軽いパッセージの指裁きや、光を反射して煌めくシャンデリアのようなトリルの輝きに目が眩みがちだが、ソコロフの音楽をソコロフらしくするのは左手のサポートによるものも大きいことを忘れてはいけない。彼は音を一つも捨てない。同じ曲を他のピアニストで聴いた時より断然立体感が違う。2019年の演奏会はコンセルトヘボウの一番後ろの席で聴いたのだが、一番後ろまで澄み切った音が飛んでくるので全く後ろで聴いている感じがしなかった。寧ろ、まるでホールに自分とソコロフしか存在せず、彼が自分の為だけに目の前で弾いてくれているような感じがしたのである。

技術?それとも音楽性?

音楽家への冴えない批評の一つに、「あの人は技術はあるんだけど表現力がイマイチね」「あの人は表現力はあるんだけど技術がイマイチね」、というものがある。まるでその二つが共存できないかのような物言いである。確かに指があまりにもバリバリ動く人の演奏を聴くと、ついそのパフォーマンス的な華に目が行きがちで、そのピアニストがいかに音楽的にも充実しているかを見落としてしまう人は多いと思う。ソコロフの場合は技術も音楽性も両方これ以上ないくらいに完成されており、誰も二元論的なチープな批評ができないくらいの説得力があると私は感じている。「ピアノの魔術師」と形容されるその比類なきテクニックを観客に見せつけ、それをある一定のレベルで楽しんでいるのが彼の演奏からは伝わってくる。同時に非常に哲学的でもあり、「この人はどんな人生を歩んできたんだろう」と考えさせる深みがる。そしてまるでお母さんに優しく抱きしめられているような、愛のある歌い方もするのである。

さらに突っ込んだことを書くと...

毎回テンポ設定が絶妙である。学校の試験であのテンポで弾いたら先生たちが一体どんな顔をするのか興味がある。「その他大勢」のピアニストが選ぶある一定の速さ(特に古典派の作品の場合大抵の場合理由も無く速すぎる)より遅めのチョイスが多い。これを凡人がしたところで、流れが無くなり息苦しさだけを残して失敗する。モーツァルトに関しては、私が副科で習っていたチェンバロの先生が「モーツァルトの死後数十年以内に書かれた文献に既に『人々はモーツァルトを以前より速いテンポで弾いている』と書かれている。元々アレグロやアダージョという語はテンポを示していない。曲の性格や雰囲気を示すために使われた語であり、モーツァルトのソナタなんかは1楽章から3楽章まで同じ速さで弾く方が理に適っている。」と教えてくれて以来、「それじゃあ世の中無知なピアニストが多すぎじゃないか??」と衝撃を受けた。言うまでもなくソコロフのモーツァルトのソナタのテンポ設定は絶妙である。一小節目を聴いただけで、計り知れない安心感に、そして「やってくれたねソコロフ!こうでなくっちゃ!」と他の人が成し得ない偉業を目の当たりにしたかのような一種の満足感すら感じる。モーツァルトではないけれど、プロコフィエフのソナタ7番の3楽章(殆ど必ず音大の学生が、暴走した機関車トーマスかのように弾き飛ばすアノ曲)のYouTubeを貼っておこう。ここまで不気味なくらいに臨場感のあるこの曲の演奏はYouTube上にあるものだと他にグレン・グールドの録音くらいだろうか...

さて、モーツァルトやベートーヴェンのソナタも録音されている新しいアルバムだが、ガーディアン紙によると星3つという酷評となっている。この新しいアルバムについて次回第3回目は語ろうと思う。一回目の記事にも書いたが、一昨日に修士課程の卒業試験の代わりの卒業録音(?)が終わった。これでやっと落ち着いて他人の演奏が聴けるぞ...

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